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巡洋艦矢矧 救援 [軽巡洋艦矢矧]

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 5時間ほど漂流して、海面がいささか
肌寒さを感じる夕景となりました。

 長かりし無念の4月7日の太陽が、
今まさに西海に沈もうとして、海面に
接近していました。その頃、防空駆逐艦
冬月が、救援に来てくれました。

 井上氏は、冬月の右舷中部甲板あたりから
投げ込まれたT字型ブイで、吊り上げられ
ました。

 井上氏は、浮遊力を上げるため、冬用の
外套を着込んでいました。これに重油が
染み込んで、重量が跳ね上がって
いました。

 当初二人がかりで、引き上げようとして
いましたが、あまりの重さに、容易には
揚げられず、ひと息つくたびに、井上氏は
海面に戻されました。

 結局3人がかりで助けられ、井上氏よりも、
冬月で引き上げてくれた乗員の方が、
ホッとしていました。

 助けられた井上氏が海面を見ると、
名残の人頭が浮き、正気を取り戻した
元気さで、扇の要に集まってくるように、
救援艦の舷側に向かい、あとからあとから
接近してきました。


 大和は、午後2時20分ごろまで、頑張り
通していましたが、最後には、残存の火薬、
弾丸類を、一時に誘爆させて、上空の敵機を
粉砕させ、従容と海底に沈んでいきました。

 沈み浸水しても機銃砲火をしていた矢矧、
沈没の時に誘爆し、敵機を粉砕した大和、
二幅の武者絵のようでしたが、どちらも
すでに過去のものでした。

 出撃した10隻の内、生き残ったのは
4隻のみでした。矢矧は、乗員の半数に
当たる400名が戦死しました。

 水上特攻隊は、こうして中途で挫折
しました。この作戦での井上氏の戦いは
終わりました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平


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