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空母信濃 救助される [空母信濃]

 電信班班長は、信濃の乗員から、駆逐艦の乗員に
蔑まされるような者を出したことについて、「矜持を
忘れたのか。良心があるなら恥を知れ」という思いを
抱いていました。

 そして、人がいないロープを目指して泳いでいき
ました。舷側と並行に泳ぐのは、波により舷側に叩き
つけられる恐れのある危険な泳ぎ方でしたが、迂回
するよりいいだろうと、腹を決めました。

 逆に、蔑まされるような行動をしていた信濃の乗員を
見て、舷側に叩きつけられて木っ端微塵になってもいい
とさえ、思えてきました。

 5本目の綱にくると、誰も掴まっていませんでした。
ここは、波が強く、舷側に叩きつけられそうになるので、
避けているようでした。

 ロープ先端の輪に裸足の足をツッコミ、引き上げて
もらうことにしました。足を見ると、舷側についていた
牡蠣で引っ掛けたのか、血が出ていました。

 駆逐艦乗員は5人で、腰のしっかり入った四股の構えで
掛け声ともに、ロープを引っ張り上げてくれくれました。
引き上げられるのを感じて、ようやく助かったという実感が
湧き、暖かい部屋で休めるという他愛ない喜びを噛み締めて
いました。

 駆逐艦の魚雷発射管の隣に引き上げられると、信濃とは
違い、艦が波で揺れており、腰が砕けたようになりました。
同時に、泳いでいたときには感じなかった疲れが、いっぺんに
出てきて、一気にフラフラとなりました。

 駆逐艦の乗員からは、「命綱にしっかり掴まって、後甲板へ
行って下さい。決して離さないように」という注意を受けました。
この命綱は、小型艦ならではのもので、波が荒いときに
掴まって移動するためのものです。

 フラフラではあるものの、何とか掴まって歩いていきました。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

空母信濃 浜風に到着 [空母信濃]

 雪風からだいぶ離れてしまった電信班班長の前に、
駆逐艦隊旗艦の浜風が舷側を向けて停止状態に
入りました。

 駆逐艦の艦上では、小型艦艇の乗組員らしい
きびきびした動作で、動いていました。そして、
雪風同様、ロープを卸し、足を入れるように
注意していました。

 足を入れると、駆逐艦乗りの威勢のよい掛け声で、
水の中の兵士が手操られて上甲板に登っていきました。

 上甲板に足を卸したとたん遭難者は腰を抜かし、
駆逐艦乗員の手で衣類を脱がされ、乾いた布で
皮膚を磨かれ、居住区へ送りこまれていました。

 居住区にはウイスキーが準備されており、裸の
兵士の口に含めて元気づけてから、休息させて
いました。

 浜風、雪風、磯風は、レイテ沖海戦~信濃の
護衛の間の1ヶ月間に、遭難者の救助を何度となく
行っており、信濃の乗員についても手際よく行って
いました。

 電信班班長も、引き上げてもらおうと、ロープを掴み、
足をロープの輪に入れようと苦心しているとき、思わぬ
問題が発生しました。なんと、後方にいた兵士が、
電信班班長の上に覆い被さってきました。

 しかも、これを契機に大量の兵士が、同じロープに
掴みかかってきたため、電信班班長は、一番下に
なってしまい、海面に落とされることになりました。

 大量の人の下敷きになったため、苦しさと辛さが
襲ってきました。さすがに、この状況に対し、怒りと
口惜しさが出てきましたが。

 しかし、この様な生存本能むき出しの理性の欠片もない
ような行動はすまいと誓い、ロープから離れていきました。
海面に出ると、まだロープの奪い合いをしていました。
駆逐艦の乗員は、この光景を、呆れた表情で見下ろして
いました。

 電信班班長は、信濃の乗員から、駆逐艦の乗員に
蔑まされるような者を出したことについて、顔向け
できない恥ずかしさを、感じていました。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

空母信濃 雪風から離れる [空母信濃]

 電信班班長が、引き上げてもらうのを待っている
うちに、雪風の艦首の方に来てしまい、危うく
衝突しそうになりました。

 慌てて逆方向の右舷側にいくと、ロープが一本も
降ろされておらず、首を傾げることになりました。
「短艇でも降ろせばいいものを」という思いが
ありました。

 波で大変なんだろうと考え、舷側から離れました。
遭難している身で、救助している者の心配をしている
ことにおかしさを感じていました。

 (駆逐艦が短艇を降ろさなかったのは、浜風が、
短艇を降ろした瞬間、波にさらわれて転覆し、
3名が行方不明になるという事故を起こして
いたからでした。)

 舷側から離れると、予想以上に離れてしまい、
振り返ると雪風からだいぶ離れてしまいました。
雪風に戻ることはできず、泳いでいましたが、幸いにも、
浮きの代わりになる空箱を入手することができたので、
一安心できました。

 安心すると、空腹や腹周りの寒さを感じ始めました。
今もっともしたいことは、風の当たらない暖かい場所に
入りたいという思いでした。同時に、郷里を離れるときに
家族から言われた「風邪をひくんじゃないよ」という言葉を
思い出しました。

 この言葉が、「ここで落命したら、家族が嘆き悲しむ」
と考え、頑張り抜こうという誓いを立てることになりました。

(追記)
 空腹を感じると、昨晩食べたお汁粉が思い出され、
余計にお腹が空いたとしています。磯風にいた井上氏は、
戦時にお汁粉をふるまったことを、非常識といっていますが、
遭難者の身になると、この時食べたお汁粉は、糧になって
います。

 しかも、信濃では、各分隊毎に乾パンを配給していましたが、
中間者の誰かがくすねたらしく、電信室には配られませんでした。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

空母信濃 駆逐艦に到着 [空母信濃]

 電信班班長が、白で正方形の印(駆逐艦の三番艦の
意味です)をつけた雪風まで到着しました。

 雪風は、左舷側に数十本のロープを海面に下ろしており、
ロープの先端は海面で足が入るくらいの輪になっていました。
この輪は、ここに足を乗せ、駆逐艦の乗員に引き上げてもらう
ものです。

 これは、手でつかんで、引き上げてもらおうにも、ここまで
体力を消耗している遭難者は、懸垂で自分を支えることは
できず、途中で海に落ちてしまうからです。

 ただ、遭難者は助かりたいという思いが強いので、このような
ことは忘れ、手でつかんで引き上げられる途中で、海に転落し、
駆逐艦乗員から、「足を突っ込め」と怒鳴られることになります。

 救出されるのを待つ一団に、先ほど、「海ゆかば」を合唱
していた集団がいました。この集団も無事にたどり着いて
いました。

 問題は、ここでも、誰に優先権があるかで揉めることです。
ロープは一人づつしか引き上げられないので、若い兵士が
先にロープに捕まると、階級がものを言い、醜い争いになります。

 ロープの数より、遭難者の方がはるかに多いので、言い争いは
そこかしこで発生しており、中には、水中で喧嘩しているものまで
いました。

 道義も秩序もない群雄割拠の状態があるだけでした。

(追記)
 優先権ということで言えば、士官の方がはるかに上ですが、
若い兵士にとっては、先任の伍長の方が怖い存在でした。

 士官は、ほぼ顔を合わせることはないので、平気ですが、
先任伍長は、日常に関わる諸々の権限を持っているので、
目をつけられると後が大変でした。

 先任伍長にロープを奪われた兵士は、海に落ちて転落死
でもしろなどという物騒なことを考えることになったとして
います。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

空母信濃 不埒な連中 [空母信濃]

 軍隊は、提督がいくら優秀でも一人では何も
できないものであり、下級の兵隊の力は当然
必要としていました。

 信濃が撃沈し、乗員は皆助かるための行動を
とっているといえ、助け合いの精神は必要と言え
ます。

 しかしながら、この当時の軍隊、特に大型艦の
乗員は、階級に染まっているものが多く、下級の
ものに対して何してもOKといった勘違いしていて
いる兵士が多数占めていました。

 実際、泳いでいる下級の兵士が、木につかまって
いた士官3人を見付け、近づこうとしたとき士官連中は
拒否しました。

 しかし、命に関わることであり、下級の兵士も
拒否されたからと引き下がるつもりはなく、士官の
捕まっている木にしがみつきました。

 この時、士官連中は、暴力をふることで下級兵士を
殺してしまいました。しかも、「いい気味だ。若いの
気合いが入っていない。」と吐き捨てていました。

 この当時の日本には、遵法精神が徹底していたとは
この状況を見ても言えるわけはなく、法規を勝手に解釈
して、部下に盲目的服従を強要するような不埒な連中が
多数いました。

 良心のある兵士は、この様な状況を見れば、
日本軍が趨勢を挽回できるとは思えないという
疑問を持つことになりました。

(追記)
 諏訪氏は、法律や軍紀は、それを守るという
道徳心がなければ、一片の紙片に過ぎず、
何の意味もないものだとしています。
その通りだと言えます。

 今も、法律が許して入れば、何をしてもいいという
勘違いしている人達がいますが、本来法律は、長い
歴史の裏付として積み上げられた道徳のうち、
万人のために文書化したものにすぎず、道徳を
守らないのであれば、法律は意味がないといえます。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

空母信濃 極限状況での人助け [空母信濃]

 乗員が泳いでいるうちに、信濃はその姿を完全に
海中に沈んでしまい、信濃がいたあたりに白い渦が
巻いていました。

 信濃は、10時56分に沈んだとされています。
従って総員退去から20分くらいしか経過して
いないときに、沈んだことになります。

 駆逐艦に向かって泳いでいる乗員は、「戦場でない
場所で死んだら犬死にになる」、「死ぬ理由がないのに
死ぬ必要はない」という思いから、泳ぎつづけていました。

 信濃が撃沈した時は、水温は23℃前後であり、「本日
天気晴朗なれど波高し」という状態なので、泳ぎに自信が
あっても泳ぎきれるかという不安はありました。

 少なくとも、波を撃破出きるなどとは考えられず、翻弄
されることになりました。

 この様な時、目の前に円材が流れてきました。泳ぐことに
自身がある人でも、この円材は天の助けとばかりに、取りに
行くという、当然の行動をしています。

 そこで、近くに、溺れかけている兵士を見つけました。このまま
放置すれば確実に溺れるだろうことが分かる形相でした。自分は、
まだ余裕があるので、円材を譲ることにしようと思ったものの、
この様な状況で助けるのは「キザ」だし、助かった相手も、
申し訳なさが出てくるだろうと考えました。

 そこで、円材にも、溺れかけている兵士にも見向きもせずに
泳ぎ続けることにしました。

(追記)
 過去に撃沈を体験して海を泳いだことがある兵士を、「ボカチン
前科一犯」と親しみを込めて言っていました。いわれた方も、
冗談だと分かっており、「これは名誉ある前科だ」と返して
います。

 しかし、今回は言った方も言われた方も揃って海の上であり、
どちらも前科持ちとなりました。

 そのような状況で、海の上で互いに出会っいました。本来なら
冗談を返したい所でしたが、互いに胸が一杯になり、言葉が
出なかったとしています。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

空母信濃 生き延びる力 [空母信濃]

 沈んでいく軍艦から退避し、近くを遊弋している
味方の僚艦まで泳いでいくというのは、言葉ほど
簡単ではないといえます。

 信濃の場合、日本近海で、これ以上の敵から
攻撃を受ける可能性は低かったので、外地の
戦場で撃沈するよりは条件がいいといえますが、
それでもたどり着けず溺れてしまう乗員は多数いました。

 泳ぎきった乗員と溺れてしまった乗員の間には、水泳の
得手不得手もありますが、訓練の際、どれだけ本気で行い、
この様な状況でも、あの厳しい訓練をやり遂げたという
自信を持っている人が、助かったといえます。

 そのような中、かつて教官として教壇に立って、予科練習生を
教育した人がいました。この方は、教官を辞めて前線に出るとき、
生徒の見送りを受けるほど慕われていました。このような場合、
訓練をやり抜いたという思いとは違う力の出し方がありました。

 信濃が沈み、泳いでいるとき、かつての教え子のことが思い
出されました。そして、「我が愛しの教え子よ。今、水の中で
苦闘を続けている。しかし死にはしない。お前たちがついて
いてくれる。どんなことがっても生き延びてみせる」と言い
聞かせていました。

 他人から支援されているという思いも、生き延びる上では
大事な要素と言えます。

(追記)
 この方は、周りは成績が悪い場合、肉体的制裁を
行っていた時代に、それらの方法を使わずに、相手に
自分の弱点を認識させるという方法で修正して、成功
していました。この経験から、肉体的制裁に意味が
ないことを悟っていました。

 本来なら制裁が必要ない人間に育てるのが理想で
あるものの、軍隊という特殊な環境の型にはめる以上、
制裁が必要な時もありますが、それでも、効果的な
方法で行うべきだとしています。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

空母信濃 「海ゆかば」 [空母信濃]

 海を泳ぐ2~30人の集団となっていた乗員は、
「海ゆかば」という海軍に入籍すれば幾度となく
唄われる歌を、何度も繰り返し唄いながら、
泳いでいました。

 風と波に遮られて途切れ途切れであるものの、
独特の妙な響きを与え、琴線に触れるものがあり
ました。

 数十名が、喘ぎながら唄っているにもかかわらず、
なぜかぴったり揃っており、余計に悲しみを誘いました。

 この時、波は3~4mはあり、波が押し寄せるたびに、
遭難者を翻弄していました。そのような中で、荘厳とも
言える「海ゆかば」が選ばれ、唄っていたのだろうと
しています。

 これを見ていた別の乗員は、自分の身体が、波に
揉まれるのを防ぐだけで精一杯の状況で、唄うエネルギーは
どこから出てきているのか、また、唄うことはエネルギーの
消耗を早めるだけではないかという疑問が出てきました。

 実際、山登りでも、初心者は、最初、空元気を振りまいて
唄っていますが、しばらくすると黙々と登ることになります。
唄うことは、相当なエネルギーを食うということです。

 一方で、精神的な気力を持たせるという意味では、
歌は有効であり、黙々と泳ぐのと歌って泳ぐののどちらが
いいかは、分からないとしています。

(追記)
 この時、信濃はまだ沈んでおらず、左舷だけ水面に
出ていました。そして、艦首にある高角砲に、数人の
黒い姿が見えました。

 粛然と立っているのは、安部艦長だろうと、遠目でも
分かり、阿部艦長が艦と運命をともにするだろうという
ことは察することができました。

 艦長以外の人がなぜいるかは不思議でしたが、
責任を感じて、艦と運命をともにするつもりなの
だろうとしています。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

空母信濃 「天皇陛下万歳」 [空母信濃]

 諏訪氏は、信濃の乗員が極限の状態になっている
ということもあり、戦記に描かれている、「息を引き取る時、
天皇陛下万歳なる言葉を残して去る」というのは真実だろうか
という疑問を呈しています。

 信濃で、そのような状態の兵士を見る限り、
「天皇陛下万歳」などという一連の言葉では
なかったことは確かで、戦記に記されている
絶叫は、激しい疑義が出てくるとしています。
常識に考えてもありえないとしています。

 死の瞬間に口をついて出る言葉は、死に
対する限りない恐怖であり、愛する恋人か
家族の面影であり、天皇陛下ではないと
しています。

 人間や人間社会で演じられるものは、おとぎ話でも、
夢でも、漠然とした物語でもなく、極めて現実的な
常識そのものである。

そのような中で、「息を引き取るとき、天皇陛下万歳
なる言葉を残して去る」というのは、現実的ではないと
しています。

 この様な話が流れたのは、思想の自由が、軍閥官僚に
より、不当な圧迫を課されたことによって、作家が自分の
良心を捨てて、時代に合わせて豹変したことによるもの
だろうとしています。

 この当時の作家は、大なり小なり時流に媚び、良心を
売り物にしていました。これを買わされるお客様はいい
災難だとしています。

(追記)
 諏訪氏は、小説は芸術であり、小説家は芸術家で
あるとするならば、作家と呼ばれる人達は、常に自分の
良心の命ずるままに、芸術家としての本分を忘れる
べきではないとしています。

 思想言論の自由が奪われた今日、混迷の国民精神を
救済し、歪められた芸術観を是正する立役者が必要だろう
としています。

 これは、小説家に限らずマスコミ関係者にも言えることで、
良心の欠片もないと思えるような記事を垂れ流している
ようでは、国民の信頼は得られないといえます。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

空母信濃 詩的情緒 [空母信濃]

 信濃のバジルの始まりの部分には、三、四段の
鉄の梯子があり、今の信濃から海面に飛び込むには、
丁度良い梯子でした。

 先頭を切って海に飛び込んだ乗員は、ここから
飛び込んでおり、間髪入れずに次の兵士も、
飛び込んでいきました。

 信濃の周囲を遊弋している駆逐艦を目指して、
沢山の黒い頭が泳いでいました。信濃が、海に
飲み込まれると渦が発生し、これに飲まれれば
溺れ死ぬことになるので、必死になって泳いで
いきました。

 この様な時、泳いでいる隣で、飛魚が鱗をきらめかせて
水面から飛び上がっていました。見事なダイビングフォームで、
時々こもれ陽を受けてキラキラと輝いている姿は、美しいもの
でした。

 乗員は、今の状況も忘れて、生への執着も、
死の恐怖も感じておらず、純粋に、「美しい。
綺麗だ。」という詩的情緒以外何も持ちません
でした。

 見ていた乗員の近くに溺れかかった兵員が
いました。この兵員は、飛魚を見ると、動物的
感覚を取り戻したのか、飛魚を捕まえようと
手を伸ばしていました。

 飛魚は、捕まることなく、海中に逃げていき
ましたが、なおも追っていき、そのまま海面に
出てこなくなりました。

 溺れそうだった兵士は、既に死期をさとっており、
最期にエネルギーを投じて行動したもので、これも
詩的情緒を揺さぶる場面だったしています。

(追記)
 風洞に落ちた電信班班長も何とか風洞から抜け出し、
上記の場所にたどり着いています。しかし、この時は、
救難用のために投げ込まれた木の破片が海面に
浮いており、このまま飛び込めば大怪我は確実でした。

 しかし、この時は、「阻めるなら阻んでみろ」という度胸が
ついており、逆に落ち着いて対処できました。そして、
思いっきり飛び込むと、何事もなく成功しました。

 やるときは思い切ってやるという覚悟は、日常生活でも
必要な心がけと言えます。


紹介書籍:沈みゆく「信濃」知られざる撃沈の瞬間  著者:諏訪繁治(すわしげはる)

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