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軽巡洋艦名取短艇隊 捕虜の心境 [軽巡洋艦名取短艇隊]

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 名取が撃沈した後、捕虜になった少尉候補生の
A君と同期の候補生は、皆少尉に任官しています。

 そして、レイテ沖海戦に参加し、多くの戦死者を
出しています。戦後このことを知ったA君は、
自責の念を、あらわにしたとしています。

 同じく捕虜になったB候補生の父親は、レイテ沖
海戦で艦長として艦と運命をともにしていたため、
戦後復員したとき、ご母堂から、「海軍士官の妻と
して、家へ帰れとはいえません。

 お父様の墓が鎌倉にあるので、お参り
してよく考えなさい。」と厳しい表情で
言われたとしています。B候補生は、
自衛隊に入隊し、元気にやって
いたとしています。


 兵学校68期の変り種と言えるのは、舞踏家の
西崎緑と結婚したT氏でした。しかし、今では、
物書きになった豊田氏と松永氏が、変り種と
言われるようになったとしています。

 豊田氏が、直木賞を受賞した時、「豊田が
作家になろうとは、世の中も変わったものだ」
と、同期生から嘆息されたとしています。

 しかし、松永氏が、「思い出のネビーブルー」と
いう本を出し、これが好評を得ていました。この
ことを知った時、豊田氏自身が、「松永が本を
書くようになろうとは・・・?」と驚くことになったと
しています。

 そして、松永氏の著書は、飄逸でなかなか
面白いとしています。ここまで紹介しています
通り、松永氏は、ヒョウキンな人柄が、
感じられます。

 豊田氏は、松永氏を、苦しい漂流の間にも、
部下を元気づけ、己れを励まし、迫って来る
死を生に転換しようとする、海の男の
ファイティングスピリットと、船乗りの
生活の知恵を痛感するとして、
解説を終えています。


紹介書籍:先任将校 軍艦名取短艇隊帰投せり
著者:松永 市郎


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