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山口多聞 総員集合 [山口多聞]

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 6月5日午後10時20分、飛龍の
司令部は、機関科指揮所の総員が
戦死したと判断しました。機関参謀は、
機関部との連絡は取れず、致命的な
被害をうけたものと推測されたとして
います。

 空母は、飛行甲板や甲板がダメージを
受けても、機関が無事であれば航行は
可能でした。母港に戻り、新しい飛行甲板が
作られれば、再び空母として生まれ変わり、
戦線に復帰できました。

 しかし、機関がやられれば、これ以上の航行は
不可能でした。巡洋艦や駆逐艦での曳航は
可能でしたが、翌朝に敵機動部隊が現れれば、
巡洋艦や駆逐艦も道づれにしてしまいます。

 この場に放棄すれば、ハワイに曳航されて、
改造を受けることになるので、残しておくことも
でませんでした。

 山口少将は、駆逐艦の魚雷で沈没させる
しかないと判断しました。飛龍から、近くに
いる駆逐艦の巻雲と風雲に乗員救助の短艇を
送って欲しいという旨の信号を出しました。

 午後11時30分、飛龍に総員集合がかけられ
ました。伝令の号令が、暗い飛龍の艦内に走り
ました。各部署で、消火や人命救助に当たっていた
搭乗員や整備員、兵員らが続々艦橋に艦橋前の
飛行甲板に集まってきました。

 辺りは火の粉があがっており、時々誘爆の
振動が伝わってきました。燃える機銃座から、
破裂した弾丸が四方に飛び散りました。

 乗員は、分隊長の名前を呼びながら捜し
求め、各分隊ごとに集まっていきました。
なかには分隊長を見つけられず、右往左往
している者もいました。

 黒焦げになった甲板の足元から熱が
上がってくる中、書く分隊長ごとに
人員点呼が行われました。


紹介書籍:山口多聞 空母「飛龍」と運命を共にした不屈の名指揮官
著者:松田 十刻(まつだ じゅっこく)


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