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巡洋艦矢矧 悪戦苦闘 [軽巡洋艦矢矧]

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 井上氏は、矢矧の燃料重油は、まだ
たっぷりあるのに、もったいないことを
したと、考えていました。現状、矢矧も
乗員も、一寸先は闇という状態でした。

 周囲を見ると、島影一つありませんでした。
大和以下の各艦は、依然として南に進んで
いきましたが、心なしか、大和も右舷に
傾いているように感じました。

 井上氏は、大和が、沖縄突入を果たすことを
心から祈りました。先程、駆逐艦朝霜が、
機関故障のため置き去りにされています。
矢矧も、洋上に漂う身となりました。

 付近には、駆逐艦が数隻矢矧を見守って
いました。しかし、矢矧の傾きは刻々と増大
していきました。放置すれば、浜風のように、
横転するかも知れませんでした。

 艦橋の方から、艦長が何か怒鳴っていました。
傾いた前甲板へ応急員が走り出て、錨に
取り付きました。今度は、艦長が、
前甲板へ大声を投げかけていました。

 「急げ。左舷の錨を捨てろ。」という
声が聞こえてきました。応急員が、錨鎖を
叩いていましたが、大きな音を立てて、
主錨が海中に落ちました。

 井上氏は、錨孔から海面が見えるのを、
空虚な気分で眺めていました。主錨の投棄と、
右舷の注水により、矢矧は、少し復元しました。

 これを見て、敵機が、再び近づいてきました。
高射指揮員が、「弾丸のある限り、撃って、
撃って、撃ちまくれ。」と叫んでいました。

 今、矢矧は動かない目標であり、敵機は、
かっこうの獲物とばかり、襲いかかりました。
動かないとはいえ、浮いている船には魂が
あり、うねりを利用して、ゆらりくらりと、
爆弾をかわしていきました。

 動けない中で悪戦苦闘していました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平


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