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巡洋艦最上 西村祥治少将 [巡洋艦最上]

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 艦首をもぎ取られた最上は、重い足を
引きずるようにして、トラック島泊地を
目指したものの、この航海は苦労の
連続でした。

 曾禰氏は、毎日のように、機関長から、
当日の燃料消費量と、残量を報告して
もらっていましたが、6月5日~7日は、
ほとんど全力運転に近い航海をしたので、
燃料残高は心細いことになっていました。

 敵の空襲圏外に出たと判断できたので、
できるだけはやく、燃料補給をしようと
懸命でした。補給船の日栄丸と連絡を
取り合い、会合地点を打ち合わせた上で、
洋上補給をすることにしました。

 洋上給油には、縦に並ぶ方法と、横に
並ぶ方法がありましたが、横に並ぶと、
針路と速度を合わせる必要があり、現状の
最上では、技術的に難しいと判断し、縦に
並ぶ方法を取ることにしました。

 このことを日栄丸に通告して手配し、
何百tほどの燃料を補給することが
できました。

 この日、最上に、ミッドウェーから引き
上げる第四水雷戦隊が近づいてきました。
第四水雷戦隊の司令官は、曾禰氏が
若い頃お世話になった西村祥治少将
でした。

 西村少将から、「連日のご奮闘ご苦労さま。
ここに武運めでたい貴艦に会し、感慨無量なり。
乗員一同によろしくお伝え乞う。」という信号が
送られてきました。

 曾禰氏は、昔の温情を、今日そのままにみる
気持ちにおそわれ、胸が熱くなりました。すぐに、
「ご厚情を深謝し、貴隊のご武運めでたからんことを
祈る。」と返信し、お別れしました。

 西村祥治少将は、この後、レイテ沖海戦で、
戦死しています。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平


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