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まるゆ 沖縄への切り込み隊 [陸軍潜航輸送艇まるゆ]

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 まるゆ設計者の塩見少佐は、海軍士官から「まるゆが
できたら、海軍の潜水艦と共同作戦をやれば、太平洋の
どこでも上陸できるのではないか」と冗談を言われた
ことがあります。

 まるゆの効果的な運用方法としては、面白い構想と
いえました。沖縄への切り込み隊は、この冗談を構想
にしたようなもので、見習士官の中から剣道、柔道、
空手などの有段者を主にした班を作り、1945年
3月から約一か月間訓練をしています。

 3月の末に、演習として川之江沖からまるゆに乗って、
夜陰に乗じて上陸し、その地にいたまるゆ部隊を、敵と
みなして司令部攻撃訓練を行い、成功させています。
訓練を張りきってやっていた成果といえます。

 日本刀と銃剣で、百人・千人切ってやるという、近代戦
とは思えない、時代錯誤の勇ましい歌まで作られるほど
でしたが、時すでに遅いといえました。

 この切り込み隊は、陸軍部から、まるゆは本来の任務に
邁進すべきという命令が出され、表向き解体となりま
したが、終戦まで訓練は続けられていました。

(追記)
 アメリカ軍が、上記の切り込み隊とほぼ同じ構想の作戦を
実施しています。1942年8月17日に、中部太平洋の
ギルバート諸島のマキン島に対し、アメリカ軍の海兵隊
220名が、潜水艦2隻に分乗して奇襲攻撃を行って
います。

 10日間にわたる狭く熱気に蒸せた艦内生活ののち、
日本軍守備隊73名がいる島への上陸を行い、激戦を
繰り広げてほぼ全滅させ、装備を破壊し、潜水艦で
引き上げています。

 この時の切り込み隊の副隊長が、時の大統領の長男
だったことから、奇襲作戦成功はアメリカ中で、宣伝
されました。


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