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駆逐艦照月 川端康成に報道班員になるように依頼 [駆逐艦照月]

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 高戸氏から新たな報道班員の選出を依頼された嘱託の方は、
高戸氏の命を、「現在は、丹羽氏のような中堅花形作家が多い。
しかし、高戸氏は、中堅では心元ないので、もっと上の一流
作家を報道班員に任命し派遣したいと考えていたようだ」
としています。

 あからさまにはいえないので、遠まわしに言ったと解釈して
おり、高戸氏のこの後の行動を見ると、この解釈で正しいと
いえます。

 高戸氏の承認を得て、当時の文壇の大御所、志賀直哉氏の
お宅に趣き、高戸氏の意向を伝えると、体力的に無理という
という返事でした。他に協力できることはするという社交辞令
でない言葉をもらえたので、他に誰がいいか尋ねました。

 正しく書いてくれるのは、川端康成さんならいいだろうと
言われました。鎌倉にあった川端氏のお宅に趣くと、自ら
ノミとツチで、庭に防空壕を掘っていました。

 自分で防空壕を掘れるだけの体力があるなら問題ないと
判断できたので、報道班員の依頼をしました。川端氏からは、
「場合によっては原稿を書かなくてもいいんですね」と念を
おされたものの、承諾をもらえました。

(追記)
 高戸氏は、川端康成ら何人かの一流作家を集めて、
報道班員としての役割を説明した後、特攻隊の基地が
ある鹿屋に赴くよう要請しています。

 この時、高戸氏は、今すぐでなくてもいいので、
30年後でも50年後でも、この戦いの実体を、
若い人々の戦いを書いていただきたい。
と依頼してします。

 この言葉に対し、川端康成がどう感じたのかは不明ですが、
一緒に呼ばれていた作家の一人の山岡荘八氏は感動し、
朝日新聞に、このことを書いています。


紹介書籍:海軍主計大尉の太平洋戦争(駆逐艦照月)


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