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戦艦武蔵 キングストン弁を開きに行く [戦艦武蔵]

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 炭木兵長は、副長がキングストン弁を開くように
命じていた声を聞きながらとき、あたりの様子を
見ていました。高角砲や機銃の砲台が、多数の
爆弾により形を変えて、周囲に死体が散乱して
いました。

 炭木兵長が周囲を見ていたとき、指揮官から、
「第十一罐室で、だれかキングストン弁を開けに
いくものはいないか」という声がしました。

 指揮官は、行かせる人を指名はしませんでした。
キングストン弁を開けている間に、艦が沈むことが
ありたので、死ににいけという命令になるため
でした。

 炭木兵長は、遠藤兵曹の「死ぬのは一人でたくさん」と
いう言葉と、その結果として火脹れを作った顔を思い出し、
自ら手をあげました。そして、もっとも気の合う萩原機関兵と
一緒にいくことにしました。萩原機関兵も、喜んでついてきて
くれました。

 炭木兵長は、最後部の飛行機格納庫のハッチから降り、
左斜めに傾いて歩きにくい艦内を歩いていきました。途中、
死体に躓きましたが、萩原機関兵に、「死体は踏まないように」
と注意し、進んでいきました。

 第十一罐室のハッチを開けると、あたりは電源が落ちて
暗くなっていたのに、第十一罐室は、予備電源の電灯が
ともり、明るくなっていました。その様子は、月明かりを
吸い込んだ井戸のようで、底に自分の顔がうつるような
錯覚にとらわれました。

 罐室の床に敷かれたグレーチングと呼ばれる鉄板までは、
モンキーラッタルと呼ばれる垂直の梯子がついていました。
しかし、現在は船が傾いており、梯子も内側に傾いていました。
そのため、梯子にぶら下がるような格好で降りることになりました。

 グレーチングに着くと、キングストン弁のある船底へいくための
マンホールを開ける作業に取りかかりました。



紹介書籍:航空巡洋艦「利根」「筑摩」の死闘


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