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戦艦金剛 浮田砲術長の懸念 [戦艦金剛]

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 浮田砲術長は、今回の殴り込みに対して、主砲に
弱装薬を積んでいるということに懸念を持っていました。

 敵艦隊と遭遇し、その艦隊にサウスダコタやワシントン
といった戦艦がいた場合、敵は40cm主砲なので、
金剛では太刀打ちできませんでした。しかも、
弱装薬なので、通常より射程が短くなっていました。

 弱装薬から通常の装薬に変更するような時間があるの
だろうかという疑問がありました。交換する余裕がなければ、
金剛の射程外から、敵の射撃を食らうところを、眺めている
ことになります。

 この様な時は、撃たせるだけ撃たせて、ルンガ泊地に
殴り込み、敵の飛行場や輸送船に主砲を放って、最後は、
陸上に乗り上げて不沈砲台として使用するしかないと、
考えていました。

 この様な懸念を持っていたとき、金剛らの砲撃の前に、
ルンガ泊地に殴り込みをかけていた青葉、衣笠、古鷹などの
六戦隊が、敵艦隊を砲撃戦を行い、敵巡洋艦を撃沈した
という報告がありました。

 一方で、旗艦の青葉は、艦橋や方位盤に直撃を受け、
司令官や艦長が戦死したという報告もありました。
方位盤に直撃している以上、射撃指揮所は砲術長以下
全員戦死したと悟り、浮田砲術長は、冥福を祈ると同時に、
他人事と思えなくなりました。

 浮田砲術長は、覚悟を固めました。

(追記)
 浮田砲術長の懸念は、金剛ではなく、この後に行われた
比叡と霧島の第二回目の砲撃のときに現実となったと
いえます。

 比叡が撃沈し、霧島が行ったときは、この懸念どおりと
いう状況でした。

 この時計画されていたとおり、大和か武蔵を投入すると
いうことを行っていれば、状況はかなり違っていたといえます。


紹介書籍:航空巡洋艦「利根」「筑摩」の死闘


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