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空母「飛鷹」 新たな人事 [空母飛鷹]

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 意見交換会で出た、この陣容のままで
他の空母で出撃したいという意見を
聞いた呉の人事部は驚きました。

 大概の兵士は、一度艦が沈没すると、
当分は、艦に乗ることをとても嫌がる
傾向があるからでした。そのままの
陣容で再び出撃したいと言う意見は
始めてだったとしています。

 呉の人事部としては、嬉しい意見であり、
実現してやりたいと言っていましたが、既に
発令が出されているので、難しいと言うこと
でした。

 一番最初に発令がされたのは、内山大尉で、
兵学校の教官でした。前艦長の古川大佐が、
志柿氏と相談の上で、考課表に兵学校教官
適任と書いたことで、実現しました。

 この発令があった晩、志柿氏のいる部屋の
真下の部屋で、内山大尉を中心に夜遅くまで
騒いでいました。うるさいと思ったものの、
しょうがないとあきらめ、海岸に散歩に
出かけました。

 散歩からの帰り道、酔っ払った内山大尉と
会いました。内山大尉は怒ったように、
志柿氏に対して、「どうして兵学校なんかに
やられましたか。」に突っかかっていきました。

 志柿氏は、古川艦長との人事考課表の
ことは知っていたものの、内山大尉が
兵学校に行くと言う辞令は初めて
聞いたので、知らないと答えています
(正確には心当たりはあるというべきですが)。

 内山大尉は納得せず、さらにしつこく聞いて
きたので、「君のようにお行儀の悪い奴は、
行儀見習いだよ。」と返答しています。

 内山大尉がこれだけ突っかかってきたのは、
前戦で戦いたいという思いがあったからで、
この心情は、志柿氏も理解できるとしていますが、
人事についてはどうしようもないということでした。


紹介書籍:空母「飛鷹」海戦記 「飛鷹」副長の見たマリアナ沖決戦
著者:志柿 謙吉(しがき けんいち)


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