SSブログ

空母「飛鷹」 二度目の見舞い [空母飛鷹]

スポンサーリンク
(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});



 志柿氏が、再度艦長のお見舞いに
出かけたのは、上陸の許可が出た時
でした。この時は、新人の少尉も一緒に
連れて行きました。

 この時は、艦長は元気にしておられ、
見舞いに来た少尉を、「坊や来たか」と
言ってことのほか喜ばれていました。

 艦長は、転地療養がしたいという希望を
話していました。機動部隊の先任参謀が
来た時に、話が戦争の話になり、議論
されたと言うことでした。

 また、見舞いに来た艦長たちには、「一度
死に損なうと、後ではなかなか死ねないものだ。
ピストルで一思いにやるか、艦に体をくくりつけて
おかないと、死に損なうことがある。」と、語った
としています。

 志柿氏は、警備科の小林大尉を見舞いました。
彼は、足を引きずりながら出てきました。しばらく
顔を見合わせていましたが、「副長。お世話に
なりました。」と言ってきました。

 彼は爆弾で、肩甲骨をえぐられ、動脈が
切れ、左アキレス腱が切れていました。彼は、
部下だった一等兵に助けられ、駆逐艦まで
運ばれました。

 駆逐艦の軍医長は、助からないと匙を
投げていましたが、食塩注射までして、
命をとりとめました。

 志柿氏は、彼に、「助かったのは、一等兵の
お陰だ。恩を忘れてはならないが、一等兵が
助けてくれたのは、普段の君の態度が立派
だったからだ。」としています。

 志柿氏が、小林大尉と会ったのは、これが
最後だったとしています。この後、どうなった
のか知ることはできなかったとしています。

 志柿氏は、小林大尉の面影が忘れられず、
健全を祈ってやまぬとしています。


紹介書籍:空母「飛鷹」海戦記 「飛鷹」副長の見たマリアナ沖決戦
著者:志柿 謙吉(しがき けんいち)


スポンサーリンク



nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。