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源田実参謀 ハワイ攻撃前夜 [源田実航空作戦参謀]

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 12月7日、源田参謀は朝夕赤城神社に
詣で、「私を殺して、この作戦を成功させて
ください。お願いします。」と必死で
祈りました。

 軍令部からの情報と、潜水艦隊、敵情偵察
報告、敵信傍受、ホノルルのラジオ放送など
から、敵情を次のように判断していました。

 「真珠湾に在泊している艦は、戦艦9隻、
軽巡洋艦3隻、駆逐艦19隻、水上機母艦
3隻。空母と重巡洋艦は出撃中。ラハイナ
泊地は艦隊不在。」

 機動部隊は、真珠湾のアメリカ艦隊を
攻撃することを決定し、断雲の去来する
月明下を、ひた走りに南下しました。

 午後6時~8時まで寝ていた源田参謀が
外に出ると、飛行甲板には、すでに攻撃隊が
整然と並べられていました。

 暗闇の中で、エンジンの試運転を行って
いる第一攻撃隊の轟音が響き、排気管から
青白い炎が噴き出ていました。

 源田参謀は、階段を登り艦橋に立つと、
不思議にも心中の不安や妄念がきれいに
消え、清清しい気持ちになっていました。
作戦成功の欲も、失敗の危惧もありません
でした。

 のちに、源田参謀は、「明鏡止水、無我の
境地に入っていた。あの時の心境をその後、
再現しようと努力したが、恥ずかしながら
二度とできなかった。」と述懐しています。

(追記)
 真珠湾攻撃の成功とは、どのような状態
なのだろうかと考えることがあります。
戦術的な戦果のみ検討すると、ハワイ攻撃後、
アメリカ軍の行動に制限がかかったか
という点が重要になります。

 そう考えると、ミッドウェー海戦までの
半年間くらいしか効果がなかったことに
なります。これは、空母と艦隊の修理工廠や、
燃料を残したことで生じています。

 その意味では、戦略的にも戦術的にも
検討が不足している作戦といえます。


紹介書籍:航空作戦参謀 源田実
著者:生出 寿


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