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巡洋艦熊野 司令部の思惑 [巡洋艦熊野]

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 左近允氏らは、司令部の方針で、
便があり次第内地に帰還させる、
必要な士官は、席があれば
航空機に乗せるとなって
いました。

 しかし、司令部の本音は、陸戦隊として
取り込みたいという、ハラのようでした。
下士官の中で、それぞれの学校の
練習生課程を終えていない、いわゆる
無章の者は、回されるという話でした。

 若い士官も、陸戦隊の小隊長や中隊長を、
やらされるかもしれないという噂があり、
左近允氏は、河童の竹槍部隊は
御免こうむりたいと思いました。

 熊野の乗員がマニラに到着した11月30日に、
内地から来た空母隼鷹が、入港していました。
陸兵と軍需品をおろして内地に帰還するという
ことで、白石砲術長は、熊野乗員を乗せて
もらえるように司令部と交渉したものの、
実現しませんでした。

 陸戦隊に残すつもりなのか、もっと
防備のための作業に使いたいのか
わかりませんでしたが、
「明日はどこに100名、どこどこに200名。」
と割り当ててきました。

 左近允氏は、水交社でクラスメイトの
木曽乗員である土井中尉に会いました。
木曽は、11月13日の空襲で沈座
しましたが、大部分の機銃は、海面に
出ているので、毎日交代で出かけて
対空警戒にあたっているということ
でした。

 木曽はこれ以上沈むことはないので、
乗員は、直撃を受けない限り、戦闘を
続けなければなりませんでした。実際、
街は緊張した空気が漂っており、海岸
通りには、偽装した軍需品が、置かれて
いました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平


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