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赤城・加賀 日本海軍のカタパルト [航空母艦「赤城」「加賀」]

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 日本海軍がカタパルトを導入したのは 比較的早く、1925年ごろには、軽巡洋艦 以上の軍艦に、装備され、水上偵察機の 発艦のために利用されました。  日本海軍が使用したカタパルトは、全て 火薬の爆発力で飛行機を発進させる方式 でした。これは、比較的軽量な水上偵察機 には、十分活用できました。  しかし、重量のある艦上機の発艦に 使用するには問題がありました。それは、 重量がある航空機を発進させるためには、 爆発力を大きくしなければならず、強力な 爆発力で、飛行機を破壊したり、パイロットに 限界以上の圧力がかかり、死亡する危険が あったことでした。  日本海軍は、火薬式に代わるカタパルトと して、高圧の圧搾空気を使用する方法を 実現させようとしていました。  このカタパルトは、大戦中の1943年に 実用化にこぎつけました。しかし、25mも あり、火薬式に比べ大型化した上に、飛行機を 飛ばすための圧搾空気の蓄圧に時間がかかり、 短時間での繰り返し動作が困難でした。  結局、日本海軍のカタパルト開発は、この 段階で行き詰まリました。  一方、イギリス海軍は、1920年代に 油圧式カタパルトを実用化しており、 アメリカは、1930年代に就役した ヨークタウン級の空母には、カタパルトが 装備されていました。  日本軍が、油圧式のカタパルトを開発 できなかった理由は、油圧装置に不可欠な シール材やオイルシール周辺装置の開発が 遅れたためでした。  軍用機の油圧装置の油漏れが常態化 しており、これより大型のカタパルトの 油圧装置を作れなかったのは、当然と 言えます。  日本が自力で油圧シリンダーを実用化 させたのは、1950年代でした。 紹介書籍:航空母艦「赤城」「加賀」 著者: 大内 健二


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