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巡洋艦大淀 トラック島出港 [巡洋艦大淀]

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 トラック島が、薄暮に包まれようと している頃、「出撃用意」のラッパが 鳴り響きました。  戦闘分隊員は、当直者を除いて、 全員が上甲板の所定の位置に整列し、 艦が泊地を離れるのを見守りました。  泊地は、夕焼けに染められていました。 はじめてここに着いた時も、美しい夕暮れで、 感嘆しましたが、この日も、素晴らしい 眺めとなっていました。大淀は、錨を 巻き上げ、静かに動き出しました。  快速を誇る巨大な4つのスクリュ―の かき立てる波が、静かな泊地内に広がって いき、夕陽はやがて沈み、刻一刻と闇に 包まれていきました。  南水道に近づいた頃、「配置につけ」の ラッパが鳴り響きました。続いて、対潜準備の 号令がされました。  爆雷の準備や、敵潜に対しての警戒が 命じられるのは、いつもの通りでした。その後に、 訓練の対空戦闘や、水上艦艇との交戦を 想定しての戦闘訓練が2時間ほど行われました。  訓練が終わると、キャットライス(猫飯?)と 呼ばれる雑炊が出されました。小淵氏は、 なかなかうまいものだとしています。  航海中は、戦闘配置の待機所で起居する のが建前となっており、衛兵の当直はなくなり ます。しかし、見張りの当直は増員され、 戦闘配置の当直もその時の状況に応じて、 つきました。  大淀は、闇夜の洋上を単艦で突っ走って いました。快速艦の大淀は、このような単独 行動が適していました。  小淵氏は、航海中、見張り当直が、割り 当てられました。当直が済めば、後はあまり やることはありませんでした。他には戦闘 訓練ぐらいしかなく、甲板整列もなかった ので、待機所で寝ていることもできました。 紹介書籍:“巡洋艦「大淀」16歳の海戦 少年水兵の太平洋戦争” 著者: 小淵 守男


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