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巡洋艦大淀 大阪空襲 [巡洋艦大淀]

 参謀将校が、颯爽と風を切ってやって きましたが、小淵氏の眼には、いかにも 虚勢を張っているようで、全く鼻持ち ならないと感じました。  しかし、小淵氏は仕方なしに挙手の礼を しました。すると、この若造めと、言わん ばかりの一瞥をくれ、答礼もせずに 二等車の停止位置に向かって いきました。  それから10分くらいしてやっと列車が入り、 間もなく発車しました。小淵氏は、早く艦に 戻らねばの一心でいても立ってもいられません でした。  頭はひどく混乱し、体中が熱くなっているのが わかりました。「何もかも忘れて眠ろう。」と目を 閉じてみましたが、少しも眠れませんでした。  太陽が沈み、あたりが闇に包まれ始めると、 暗くなるのがたまらなく寂しくなりました。 何度目かに目を閉じると、体が深い谷底へでも 落ち込んでゆくような気がしました。  夜中の12時近くなり、突然汽車が停止し、 社内の灯火が全部消えました。「大阪が B29の空襲を受けている。」という アナウンスがありました。  やがて、炸裂音や高射砲の発砲音など 騒然たる音響が伝わってきました。敵機の 爆音も時々聞こえ、右手の車窓から火の手が 上がるのが見えました。  だいぶ激しくやられているようでした。 小淵氏は、空襲の恐怖より、遅れてしまう ことのほうが重要で、泣きたい気分だったと しています。  停車してから30分くらいで、汽車は ノロノロ動き出しました。小淵氏は、 「もっと速く走ってくれ。もう一秒も 遅れないでくれ。」と走る汽車に 懸命に祈りました。 紹介書籍:“巡洋艦「大淀」16歳の海戦 少年水兵の太平洋戦争” 著者: 小淵 守男
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巡洋艦大淀 空襲されず [巡洋艦大淀]

 防空壕に退避した人達は、見ず知らずの 全く関係ない人達でした。しかし、誰も 彼も空襲に怯えきっており、オロオロ していました。  その中で、陸軍将校は、防空壕の最も奥の 床に伏せ、爆風よけのお手本を示していました。 周りの一般人も、陸軍将校を真似て、同じように 防爆姿勢をとっていましたが、皆止めてしまい ました。この将校だけは、相変わらずそのままの 姿勢でした。  小淵氏は、壁に寄りかかって、耳を澄ませて いましたが、外は静かで、変わった音はしません でした。その時、年輩の人が小淵氏に近づいて きて、「大丈夫でしょうか。」と震えながら 尋ねてきました。  小淵氏は、陸上で空襲を受けたことは ありませんでしたが、敵機が来襲していれば、 爆音や炸裂音なりがするはずですので、この 近辺には来襲していないと判断しました。 そこで、「心配ありません。」と返事しました。  そして安心したのか、やおらタバコを取り出して 火をつけました。それを見て、周りの人たちも 忘れていたことをおもいだしたかのように、 一斉にタバコをすいはじめました。  小淵氏も進められましたが、18歳になって いない小淵氏は断りました。空襲警報は、 40分くらいで解除されました。  ホームに上がって周囲を見ましたが、空襲 された様子はありませんでした。「こんなことで また遅れてしまった。」と、言いしれぬ寂しさに 襲われていました。  退避していた人達も、ガヤガヤ話しながら ホームに上ってきました。その中に、参謀 肩章をぶら下げた先程の陸軍将校が、 颯爽と風を切ってやってくるのが 見えました。 紹介書籍:“巡洋艦「大淀」16歳の海戦 少年水兵の太平洋戦争” 著者: 小淵 守男
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