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巡洋艦矢矧 水上特攻隊 [軽巡洋艦矢矧]

 性に合わない手紙を思い立ったばかりに、
不思議な感覚が気になりだしました。
井上氏は、便箋はやめて、葉書にいつもの
文面をしたためて、投函しました。

 そこに、艦内拡声器から、
「本艦は、水上特攻隊の命令を受けた。」
と、うなり出しました。

 居住区は、たちまち水をうったような、
静寂に包まれました。井上氏も息を
飲みました。

 艦内拡声器は、
「第2艦隊は、沖縄に突入する。終わり。」
と伝えてきました。室内は沈黙が続きました。
井上氏は、深い息が、洩れるのを抑えることが
できませんでした。

 圧倒的な航空兵力で襲撃された呉の空襲を
思い出しました。沖縄についても、敵艦隊との
戦いになるもので、井上氏は、
「下手に長文の手紙を書いたら、遺書に
なってしまう。」と納得しました。
そして、井上氏の覚悟は決まりました。

 井上氏は、居住区を見渡しました。
そこには、先程の書信気分が嘘のように
消え失せていました。

 誰かが、「ちょっと泡を食ったばい。」と、
この場の息苦しさをやわらげるように、
軽い調子で、口を開きました。

 「特攻隊は航空隊の専売特許じゃ
なかですたい。」と井上氏は
付け加えました。強烈なショックに、
押しつぶされたら、士気は
上がりませんでした。

 そこに、上等兵曹が、
「そうですたい。軍人は、国家第一の
消耗品ですけん。」と相づちを打って
きました。

 室内には、うつろな笑い声が起こりました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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巡洋艦矢矧 家族への便箋 [軽巡洋艦矢矧]

 呉の空襲で、工廠内にも数十発の爆弾が
落とされていました。

 多数の建物は、屋根を吹き飛ばして、
鉄骨がむき出しになっていました。
いたるところから、ゆらゆらと
黒煙が立ち上っていました。

 海兵団にも投弾され、数十発の爆弾が
落とされました。防空壕にじっとしておれば
よいものを、怖さのあまり逃げ出した女子
挺身隊4名が、機銃掃射のため倒れました。
真珠湾攻撃をしのばせる光景でした。

 矢矧は、大クレーンに横付けしたのが幸いし、
敵機は攻撃してきませんでした(下手に攻撃すると、
クレーンに激突する可能性があるため)。そのため、
かすり傷一つおうことなく、乗員も無事でした。


 1945年4月3日、神武天皇祭で休養が
許可されました。誰もが、書信で賑やかでした。
いつもは葉書に、“おせん泣かすな。馬肥やせ。」式の
手紙しか送ったことのない井上氏が、その日は、
便箋に書いていました。

 普段は、
「長男は元気ですか。あなたも元気でしょう。
お蔭で私も元気の御奉公しています。 さよなら」
これだけのことを、便りのたびに書いており、
違うのは月日だけというものでした。

 5歳の長男でさえ、聞かされているうちに、
暗記してしまったということでした。長男は、
真っ先に拾い上げて、読んで聞かせ、喜んで
いましたが、奥様は、同じ文句でうんざり
していたようでした。

 たまには長文と心がけて、書き始めた
便箋でしたが、急に身体中から力が
消えていくように感じました。

 不思議な感覚で、矢矧に変わったことでも
起きるのかなと感じました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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