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巡洋艦熊野 総員退去 [巡洋艦熊野]

 爆撃が再開された時、人見艦長は、
厳然と、「弾火薬庫に注水」と
下命しました。

 左近允氏は、伝声管に口を寄せましたが、
通じませんでした。艦橋と、各部を結ぶ
機能が失われました。

 この瞬間、「雷撃機」「雷跡」という
叫び声が聞こえました。しかし、動けない
熊野に避けるすべはありませんでした。
落下した時、熊野の方に向いていた
魚雷は、すべて当たる状態でした。

 左舷の機銃が、魚雷の先端を狙って、
射撃をはじめました。しかし、効果はなく、
最初の1本が命中し、その後、立て続けに
2本命中しました。熊野は左に傾き、
そのまま傾斜は大きくなっていきました。

 対空射撃の音が静まり返り、完全に
沈黙しました。左近允氏は、熊野の
最期は近いと判断しました。水雷長が、
艦長に総員退去の進言をしました。

 傾斜が増し、左舷側に海面がせり
上がってきました。人見艦長は、
総員退去の命令を下しました。

 艦橋にいた乗員は、右側壁によじ
登りました。この時は、重傷者を
助ける余裕はありませんでした。

 左近允氏は、本来なら海面と垂直になる
艦橋右下部の側壁に立ちました。しかし、
ここから甲板に出る余裕はなさそうでした。

 左近允氏は、ここから海に飛び込むことを
決め、鉄兜を捨てました。続いて、双眼鏡、
防弾チョッキ、雨衣を脱ぎ捨てました。

 高さ17mもあった艦橋左も、既に水に
浸かろうとしていました。下は、重油に
覆われた海が待っていました。左近允氏は、
下に人がいないことを確認し、足から
海に飛び込みました。

 水に入ると、熊野の沈没に巻き込まれない
ように、速く離れる必要がありました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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巡洋艦熊野 艦橋に被害 [巡洋艦熊野]

 対空戦闘が始まりましたが、何もすることが
ない左近允氏は、ただじっと耐えるしかなく、
艦橋左舷の拡声器のあるくぼみに、半身を
入れて片膝をついていました。

 凄まじい音響が、連続して耳朶を打ち、
目の前の海面に水柱が上がりました。その
向こうにももう一本、ガーンガーンという
大きな衝撃がありましたが、至近弾か、
命中したものかわかりませんでした。

 すると、一瞬、目の前が黄色く光って、
真っ暗になりました。熱風が、全身を
吹きまくりました。

 左近允氏は、死という考えが脳裏を
かすめ、恐ろしく熱く、硝煙臭い煙を
吸い込み、咳き込みました。

 思わず頭を撫でると、手のひらに血が
べっとりとついていました。しかし、
どこをやられたのかもわかりません
でした。

 着ていた雨衣は、袖口からひじまで
裂けており、右足首の上の方が、ただれて
ヒリヒリしてきました。

 おまけに、暑いからということで、
半ズボンに素足に靴という出で立ちで
いた報いで、両足とも、ひざから足首まで、
すね毛がきれいに無くなっていました。

 煙が消え、目の前には、幾人か信号員が
重なって、うちふしていました。左近允氏は、
左二番大型眼鏡の腰掛けにしがみつき、艦橋
最前部まで向かいました。この時は、爆撃は
やんでおり、対空砲火もまばらでした。

 ここにいた人見艦長以下の乗員はおおむね
健在でした。後方に目をやると、艦橋後部を
爆弾が直撃したことが分かりました。直後、
爆撃が再開され、熊野左右に、水柱が
上がりました。

 今、熊野船体は、ガタガタになった
感じであり、水柱で艦橋がビリビリと
震えていました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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