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巡洋艦熊野 生き残った者 [巡洋艦熊野]

 しばらく泳ぐと、海底が見えてきました。
立ってみると、腰の深さでした。

 足を切らないように注意しながら、
環礁を歩いて上っていきました。
左近允氏は、2.6kmほど
泳いでいました。

 左近允氏は、内火艇で救助した乗員が
いる桟橋まで歩いていきました。誰の服も、
ひどく汚れていました。そこでは、数日前に
陸揚げしていたビスケットが配られました。

 乗員たちは、上官や、同僚や部下の顔を
見つけ、嬉しそうに挨拶していました。
ともに戦い、ともに船を失い、ともに
生き残った者の間の、なんとも言えない
深い親近感がありました。

 左近允氏の近くに、砲術士がきました。
だいぶ参った顔をしていました。聞くと、
艦尾から飛び込んだものの、渦に引き
込まれた上、幾人かにしがみつかれて、
ようやく浮き上がったら、大量の重油を
飲んでしまったということでした。

 砲術士に、左近允氏は、一番白いですと
言われました。泳いでいるうちに、重油が
すっかり取れていたようでした。

 そして、左近允氏は、怪我をしていない
ことに気づき、泳いでいる時に手についた
血は、別の人のものだったと結論しました。

 大半の救助者は、内火艇で助けられた
ようで、左近允氏のように自力で泳いで
きたのは、数人のようでした。


 高射長が、左近允氏に近づいてきて、
「艦長の消息を聞いてみてくれ。」と
言われました。尋ねてみると、返事が
ありませんでした。

 人見艦長は、沈没直前まで、元気に
指揮していました。熊野と運命をともに
したようでした。艦長に対する、哀悼と、
惜別の念が、胸に湧き上がりました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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巡洋艦熊野 戦闘の犠牲者 [巡洋艦熊野]

 左近允氏が、海に飛び込んだ時、敵機の
爆撃はやんでおり、どの方向に泳ぐべきか
冷静に判断できました。

 左近允氏は、海図を思い浮かべ、南方の
陸岸に向かって泳ぐことにしました。
艦橋から近くに見えていた陸でしたが、
実際に泳ぐとなると、ずいぶん遠くに
見えました。

 泳ぎにくくなる靴を脱ぎ捨て、泳ぎ続けました。
しばらくしてから振り返ると、熊野は、艦尾近くの
船底だけを見せ、推進機の付近にいくつかの人影が
うごめいていました。海上には、乗員の頭が点々と
浮かんでいました。

 そこに低い銃声が聞こえてきました。見ると、
敵機が、無抵抗で海に浮かぶ熊野の乗員に、
機銃を撃ちまくっていました。間もなく
敵機は去りましたが、その時には、熊野の
姿はありませんでした。

 真水搭載のために陸にいた内火艇が、
救助作業をはじめていました。左近允氏は、
水のきれいなところまで泳いでいきました。
水温が、夏の海と変わらず、心地よいと
感じました。

 左近允氏を、元気に追い抜いていく乗員を
見ながら、ゆっくりと泳いでいきました。
海岸の緑の樹々が近づいてきている上に、
敵機は去っており、サメは爆撃で逃げて
いったようで、付近にはいませんでした。

 左近允氏は、近くに魚が浮いているのを
発見し、捕まえてみました。すると、少し
動きました。この魚も、今日の戦闘の
犠牲者ということでした。左近允氏は、
親しみと、哀れさを感じて、放して
やりました。

 ゆとりが出てきたことで、改めて、足首が
ヒリヒリしてきました。爆風でやけどを
していたことを、思い出しました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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