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駆逐艦早潮 困難な戦場 [駆逐艦早潮]

 著書は、岡本氏が従事した作戦から
始まっています。この作戦は、真っ暗い
闇の夜に、限られた僅かな時間内に
決行しなければなりませんでした。

 木製の小さなボート4隻に沖合にて、
駆逐艦より、数十トンにのぼる弾薬、
兵器、資材、兵員を満載し、敵の
飛行機や高速魚雷艇の目を
かすめて、敵陣地の鼻先に
揚陸するものでした。

 海岸の周囲には、環礁が水中にとぐろを
巻いており、その中を暗闇をついて、短艇の
ツメざおを持ち、環礁の切れ目をさぐり、
突破して接岸しなければなりませんでした。

 艇が、環礁に接触すれば、木製の艇底は
たちまち破れ、一巻の終わりとなります。

 限られた時間内に帰投できなければ、
人も艇も、そのまま深夜の敵前に
置き去りにされ、駆逐艦は、行動
予定通りに帰途についてしまいます。

 そうなれば、次に来るのは、飢餓と爆弾の
洗礼でした。海中には、ソロモン名物の
獰猛な人食いザメが獲物を求めて遊弋
しているので、海に落ちたら、助かる
方策はありませんでした。

 このようなところが、岡本氏の戦場でした。


 この作戦は、岡本氏が乗り込む駆逐艦早潮が、
外南洋部隊のガダルカナル島増援揚陸部隊の
一艦として、1942年9月29日に
トラック泊地を出撃したところから
始まりました。

 途中、水上機母艦日進を護衛して、
10月1日正午に、最前線基地のショート
ランドに入港しました。

 この入港は、いつ敵襲があっても対応
できるように、推進機が停止しているだけの
戦闘態勢であり、一時の油断も許されない
緊張が続いていました。


紹介書籍:駆逐艦「神風」電探戦記
著者: 「夕雲」及川幸介、「早潮」岡本辰蔵、「神風」雨ノ宮洋之介
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駆逐艦早潮 諸元 [駆逐艦早潮]

 今回から、夕雲と同じ書籍を元に、駆逐艦早潮を
紹介していきます。

 最初に駆逐艦早潮の諸元をWikipediaから抜粋してみます。

早潮(はやしお)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。
陽炎型駆逐艦の5番艦です。

艦歴
計画 1937年度(マル3計画)
起工 1938年6月30日
進水 1939年4月19日
就役 1940年8月31日竣工
その後 1942年11月24日沈没
除籍 1942年12月24日
性能諸元
排水量 基準:2,033トン
全長 118.5m
全幅 10.8m
吃水 3.8m
機関 ロ号艦本式缶3基
艦本式 衝動タービン2基2軸
52,000馬力
速力 35.5ノット
航続距離 18ノットで5,000浬
乗員 239人
兵装 50口径三年式12.7センチ砲連装×3
25mm機銃連装×2
61cm魚雷発射管4連装×2
爆雷16個

 著者の、岡本辰蔵氏は、南洋部隊特に
駆逐艦によるガダルカナル島の増援作戦に
関する戦記物について、自分も参加した
ことから、読みふけっているものの、
大半が参謀や艦長クラスのもので
あることを、残念に思うとして
います。

 補給作戦の最後の鍵を握っていたのは、
揚陸舟艇隊の指揮官や隊員たちだとして
います。岡本氏は、駆逐艦早潮の掌砲長と
して勤務するからわら、揚陸舟艇に
乗り込んで、揚陸作戦を行っています。

(追記)
 艦これには登録されていない陽炎型駆逐艦
です。登録されていない陽炎型は、この
早潮と、6番艦の夏潮のみです。

 早潮の戦歴は、岡本氏が言っている
ガダルカナル増援輸送作戦と、南太平洋
海戦に参加しています。

 南太平洋海戦に参加した約1ヶ月後に
撃沈しています。

 (夕雲の紹介時、今回紹介するのは早霜と
書いていました。私の読み違いによる
勘違いです。すいませんでした)。


紹介書籍:駆逐艦「神風」電探戦記
著者: 「夕雲」及川幸介、「早潮」岡本辰蔵、「神風」雨ノ宮洋之介
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