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駆逐艦早潮 掌水雷長 [駆逐艦早潮]

 士官室を出た岡本氏は、全身に軽い
身震いが走るのを覚えました。

 それは、危機に瀕する早潮を救う、
運命を決するものが、自分が指揮する
第一機銃の25mm三連装機銃のみで
あることを、悟ったからでした。

 有力な対空兵器の主砲は、射撃指揮官が
倒れ、その通信指揮装置まで故障して
しまっている現状では、全く無力と
言えました。

 岡本氏は、これ以上艦内捜索をすることの
無意味さを感じ、直ちに、機銃指揮所に
戻るべく外に出ました。

 外部には、先程までこうこうと照らしていた
吊光弾の光もなく、暗闇の夜空に相変わらず
走る三色の閃光と、不気味な敵機の爆音、
それに僚艦の放つ銃声が、入りみだれ
錯綜する轟音のうずがあるばかりでした。

 岡本氏は、敵弾を避けるべく、右舷側を
抜けていきました。一番煙突に差し掛かった
ところ、岡本氏の左足を、両手で抱きしめた者が
いました。

 不意をつかれて倒れそうになった岡本氏は、
「だれだ」と怒鳴りつけていました。すると、
「俺はもうだめだ。魚雷を捨ててくれ。」と
かすれていたものの、凛とした語調の声が
しました。

 そして、声の主が、掌水雷長の花本少尉で
あることがわかりました。岡本氏は驚き、
花本少尉の上半身を抱き起こしました。

 半袖半ズボンの防暑服からは、大きな負傷は
見当たらず、岡本氏は、「掌水雷長、傷は軽い。
しっかりしてください。」と叫ぶと、近くの
治療室に運び込むため、抱えあげようと
しました。

 しかし、掌水雷長は、岡本氏の腕を払い除け、
「魚雷を頼む」と絶叫しました。


紹介書籍:駆逐艦「神風」電探戦記
著者: 「夕雲」及川幸介、「早潮」岡本辰蔵、「神風」雨ノ宮洋之介
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駆逐艦早潮 二番砲塔の惨状 [駆逐艦早潮]

 岡本氏が、状況確認のために入った二番
砲塔は、砲身は左舷後方に指向されて
いましたが、薄い鋼板の砲廓を突き
破った弾片は、せまい砲塔内も
縦横に暴れまわったらしく、
数名の戦死者と重傷者が
折り重なっていました。

 砲台と射撃指揮とを結ぶ通信装置は
故障して、射撃不能におちいって
いました。

 岡本氏は、続いて三番砲塔に向い
ました。第三砲塔は、砲員は全員
無事でしたが、射撃通信装置に
故障をきたしており、これでは
闇夜に鉄砲となり、対空射撃は
至難の業でした。

 三番砲塔を出た岡本氏は、早潮
右舷前方の中空に、敵機が投下した
数発の吊光弾が赤々と燃えて、海面
一帯を照らしていました。

 敵機は、この明かりを目標に、黒い
大きな早潮の艦影に機銃を打ち込んで
いました。

 機銃も、着弾観測のために、赤、青色の
曵痕弾を交えた機銃掃射を続けていました。
岡本氏は、この機銃を避けながら、艦橋下の
士官室に向かいました。

 そこには、頭部全体に包帯をした一士官が
横たわっていました。岡本氏が近づくと、ただ
一言、「掌砲術長すまん、頼む・・・」と言って
きました。なんと、岡本氏の上司の砲術長、
伊藤中尉でした。岡本氏は、驚いて、駆け
寄りました。

 伊藤中尉は、補充交代で、航海長から
砲術長に栄進したばかりでした。岡本氏は、
「しっかりしてください。」と声をかけた
ものの、すでに表情はなく、最期の時が
間もないことを告げていました。

 岡本氏は、伊藤中尉と訣別し、悄然と
その場を立ち去りました。


紹介書籍:駆逐艦「神風」電探戦記
著者: 「夕雲」及川幸介、「早潮」岡本辰蔵、「神風」雨ノ宮洋之介
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