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巡洋艦摩耶 戦艦武蔵に移る [巡洋艦五十鈴、摩耶]

 井上氏は、岸波で風呂にはいれたことで、
人間らしい気持ちを取り戻せましたが、摩耶と
運命をともにした戦友たちのことを思い、
艦隊に課せられた重責を考えると、
やはり、気が気ではありませんでした。

 一時の混乱は、全くおさまって、艦隊は、
陣形を整え直すと、レイテ島に向かって、
再び驀進を再開していました。暗くなった頃、
救助された摩耶の乗員は、戦艦武蔵に
乗り移っていました。

 10月23日の夜は、武蔵に乗ったまま、
暗黒のシブヤン海に入りました。この間にも、
艦隊は警戒航行隊形を作って、とくに
対潜水艦の見張りを厳重にして、
一路足を早めていました。

 午後9時頃、井上氏が武蔵の艦橋に登って
みると、艦隊の前路には、敵の潜水艦が
待ち受けているらしく、旗艦の大和からの
緊急電話司令によって、各艦は忙しく
回避運動を行っていました。

 暗夜の高速運転中のこととて、ちょっとでも
舵を取り違えると、いつ衝突の惨事を招かないとも
限らないので、大して気にすることもありません
でした。

 それよりも、明日の24日に、いかに対空戦闘を
突破して、レイテ島付近にとりつくすかが、
問題でした。しかし、就寝をひかえた歴戦の
士官たちは、それを気にしたふうもなく、
士官室でくつろぎ、雑談に花を咲かせて
いました。

 明日の対空戦闘では、武蔵は、敵機の爆弾を、
タライに雨が降り注ぐように受けながらも、その
強力な対空砲火と鉄板の暑さにものいわせて、
シブヤン海を突破するだろうと、運用長がおかしく
話すのを聞き、頼もしくなったとしています。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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巡洋艦摩耶 撃沈 [巡洋艦五十鈴、摩耶]

 摩耶に艦橋付近に、海水が襲ってくるように
なってきました。井上氏は、とっさに靴を脱ぐと、
泳ぎ始めました。艦長はと見れば、雨衣を
着たまま、特長あるひげづらで、井上氏の
後に続いていました。

 井上氏は、とにかく摩耶が沈没する際の、
渦に巻き込まれるのを避けるため、大急ぎで
舷側を離れました。そして、懸命に泳いだ後、
海面に頭を上げると、井上氏の周囲には
航海科の部下が数人、浮遊物につかまって、
泳いでいました。

 摩耶はと目を走らせると、艦尾を高く空中に
あげて、まさに沈没しようとしていました。
しかも、シャフトの先に突き出ている
スクリューは、断末魔のあえぎのように、
まだ、ゆるやかに回っていました。

 井上氏は、とたんに愛惜と皮相の感にうたれ、
消えようとする最後の勇姿に向かって、大声で
「軍艦摩耶万歳」と叫んでいました。側を泳いで
いた数名の乗員が、井上氏の気を察してくれた
のか、一緒に昇和してくれました。

 こうして、重油と秋冷の海を泳ぐこと約3時間、
疲れ切った体を救助にきた駆逐艦のボートに
助け上げられた時には、さすがにホッとしました。

 しかし、一緒に泳ぎ始めた頃まで確認していた
大江艦長の姿は、二度と見ることはできません
でした。

 重油にまみれた井上氏を救ってくれたのは、
駆逐艦岸波でした。艦上によじ登って
助けられたと思った瞬間、さすがに
疲れが出て、ぐったりしがちに
なりました。

 重油で痛む目をおさえつつ、乗員が心を
尽くしてわかしてくれた風呂にとっぷりと
浸かることになりました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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