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巡洋艦熊野 単艦 [巡洋艦熊野]

 航海長から、針路を尋ねられた左近允氏は、
慌てました。会敵以後のコースは、複雑で
艦位がはっきりしないからでした。

 そこで、サマール島に近づき、そこから北上
すれば良いと当たりをつけ、航海長にその旨で、
針路を報告しました。

 間もなく第一戦速が命令されました。熊野の
本来の能力なら20ノット出る、回転数でしたが、
現状14ノットくらいでした。

 やがてサマール島が見えてきました。空は、
このころから晴れ上がってきました。水上戦闘の
戦場は、はるか東に移っており、艦艇は一隻も
見えませんでした。ときおり、敵味方不明の
航空機の編隊が、見えるくらいでした。

 熊野は、徐々に北に針路をひねりました。
この調子なら、日没後に、海峡に到達すると
思われました。

 問題は、変形した艦首から、両側に流れる波が
大きく、艦尾波とともに、はるか後方まで続いて
いました。これでは、上空から容易に見つけ
られます。

 しかも、今は単艦でした。警戒と戦闘すべてを
自力で行う必要がありました。左近允氏は、
一人ぼっちの寂しさはあるが、司令部が
いなくなったことで、艦橋が広々とし、
のびのびしたとしています。

 この時、見張員から、「戦艦らしきマスト」
という報告がありました。左近允氏は、見張士に
代わって、眼鏡に取り付きました。

 左近允氏は、「戦艦らしい。駆逐艦もいる。」と
確認し、この海域に味方はいないので、敵艦隊だと
判断しました。

 すぐさま、人見艦長は、「戦闘」という下命を
下しました。警急ブザーに続いて、ラッパが
鳴り響きました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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巡洋艦熊野 中将旗降ろす [巡洋艦熊野]

 甲板士官大場少尉の指揮する12名の
艇員は、掛け声も勇ましく、全力で
こぎはじめました。

 鈴谷は、左前方600mにありました。
この時、TBF1機が飛来、急降下して、
爆弾を投下しましたが、鈴谷の右舷から
だいぶ離れて水柱があがりました。

 カッターは、鈴谷の艦尾に到着し、
索梯子から、まず白石司令官が上った
らしく、鈴谷の後部マストに中将旗が
上がりました。

 同時に、熊野が、中将旗を降ろしました。
時刻は、午前8時30分、被雷から1時間以上
経過していました。

 この時、またもやSB2Cが数機来襲し、鈴谷は
高角砲と機銃を撃ちながら、航進を起こし、
友軍の後を追っていきました。熊野は、
ただ1隻戦場に取り残されました。

 司令官を送ったカッターが、帰還しました。
司令部付きの最後の一人は、乗り込む時に、
鈴谷が動き出したため、乗れずに戻ってきた
ということでした。

 熊野は、白石司令官の指示に従い、単艦で、
前夜通過したサンベルナルジノ海峡に向かう
ことになりました。その時、航海長から、
「航海士(左近允氏)。針路はどうか。」と
尋ねられました。これを聞いて、左近允氏は、
慌てました。

(追記)
 アメリカ側の記録で、熊野に魚雷を当てた
駆逐艦は、ジョンストンであるとされています。
会敵と同時に、日本艦隊に向かい、午前
7時10分に、熊野に向けて200発以上の
砲撃を行ったとしています。

 魚雷は、午前7時20分に、全て発射しました。
この呉、ジョンストンは、味方の砲弾3発を浴び、
その後、矢矧と駆逐艦数隻と交戦し、多数の
命中弾を浴びて、午前10時10分に
沈没しています。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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