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巡洋艦矢矧 貴重な戦陣訓 [軽巡洋艦矢矧]

 海ゆかばを唱和し終えた乗員たちは、
つかまっている円材や角材に身体を
乗せ始めました。これは自殺行為
でした。

 人を乗せた円材や角材は、安定する
ことなく、くるりと回転しました。
当然、つかまっている人間も一緒に
回転してしまいました。

 再び海面に頭をもたげた時、そこに
あるのは、もう生きた人間の顔では
ありませんでした。

 これは、今まで漂流している人が何人も
同じ間違いをしており、こうなることは
わかるはずでしたが、あちこちで同じ
繰り返しをしていました。黒坊主に
なってしまったら、忠告しても
間にあいませんでした。

 若い兵士にとって、角材や円材は平行棒に
乗るような感覚のようでした。しかし、
重油を吸って重くなった衣服を着ている
人間は、相当な重量になるため、角材や
円材では支えきれませんでした。

 ここでの一番の最善策は、角材や円材に
つかまって、うねりのまま浮き、
「しばらく待て」の時間まで、
待つ事でした。しかし、実態はそう
簡単な話ではありませんでした。

 水にふやけた脚は、筋が硬直し、角材に
つかまっている手や腕が、しびれてきました。
上に乗ったら楽になるだろうという誘惑に
対抗するのは困難でした。

 この状況で生き続けるのは、死ぬことより
よほど難しいことでした。井上氏は、貴重な
戦陣訓を得たとしています。

 井上氏は、出発時に聞いた、「出撃前に
きれいになったやつは、皆戦死」という
ジンクスを思いだしました。

 今の汚い頭髪では、靖国も呼び寄せるには
具合が悪いのだろうと感じました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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巡洋艦矢矧 大和撃沈 [軽巡洋艦矢矧]

 駆逐艦が、水平線を超え、いよいよ漂流者の
顔面に生気がみなぎった時、駆逐艦群の
やってきた方向に一大火柱が、天に冲して
立ち上りました。

 褐色じみた黒煙が、ぐんぐん伸び上がって
いきました。その中で、両国花火のように、
火線が四方八方に飛び散りました。火薬庫の
誘爆であることは間違いありませんでした。

 あの凄烈な爆発は、駆逐艦では起こるはずは
ありませんでした。遅れて、腹にしみわたる
爆発音も、海中から響いてきました。

 「大和がやられた。」という無言のささやきが、
漂流者の間でかわされました。悲痛を耐えて、
じっと噴煙を見守っていました。特攻隊は
壊滅し、沖縄突入は、ついに挫折しました。

 大和の撃沈は、井上氏らにも影響を
与えていました。救助に来ていた駆逐艦
3隻は、「しばらく待て」の信号を発光した後、
艦首を大和の方に向けていきました。

 矢矧の乗員には、駆逐艦は一隻の配給もなく、
「しばらく待て」という信号のみが配給された
だけでした。一同は、ビルの上から突き落とされた
ようにがっかりしました。

 そして、やりきれないその心を吹き
飛ばすように、誰かが、「海ゆかば」を、
大声で元気に歌いだしました。うねりに
ゆられながら、大声で唱和すると、涙が
こぼれてきました。

 自分の心をむりやり慰めるような唱和
でしたが、海軍水兵の念仏とも言えるもの
でした。

 歌い終わると、疲れのためか、生きることを
断念するような行動を取り始めていました。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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