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巡洋艦矢矧 被雷 [軽巡洋艦矢矧]

 井上氏は、絶叫する豊村曹長長の方を
ふりかえると、口元は唇から血が出そうな
ほどに、食いしばられていました。

 矢矧は、「小癪な」とばかりに、雷撃機に
機銃を向けました。低空で水面を這う
飛行機の前に、水柱がつらなりました。
「取舵いっぱい。」という号令とともに、
矢矧は、左に揺れていきました。

 2本の白い航跡が、生き物のように矢矧に
向かって、伸びていきました。数丁の機銃が、
雷撃に向かって、弾丸を撃ち込んでいました。
左舷の乗員は、声もなく雷跡を見つめていました。

 井上氏は、紙一重で通過するように
見えましたが、甘い期待でした。異様な
ショックが、左舷艦尾からやってきました。
艦尾の水面が、むくむくと盛り上がり、
火薬のせいで黒く汚れた水が、
ふりかかりました。

 矢矧は、左舷に15度ほど傾き、行き脚が
なくなりました。見張所では、機関か
スクリューやられたと考え、大変な
ことになったとひそひそ話が、
囁かれました。

 敵機の来襲が一時中断し、井上氏と同じ
見張所にいた高射指揮所員は余裕が
できたのか、しきりに艦尾を
覗き込んでいました。

 矢矧は、惰性で直線に走り続けて
いましたが、やがて、洋上に停止
しました。うねりのまま揺られる
だけとなり、予期していたこととはいえ、
嘉手納への砲撃は、不可能な状況に陥って
しまいました。

 この日の矢矧は運がなかったというより、
敵の雷撃機が、転舵回避もできないほど、
内ふところに飛び込んでいました。
敵のほうが優れていたと言えます。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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巡洋艦矢矧 艦上雷撃機 [軽巡洋艦矢矧]

 矢矧が、必死に急降下爆撃機に
対応している時に、井上氏は、双眼鏡
ではなく、肉眼で全般を見張りました。

 敵機は接近しているので、視界が
狭まる双眼鏡より、肉眼の方が有効
でした。

 怪しい機影を発見した井上氏は、
すかさずそちらの方向を、12cm望遠鏡で
確認しました。そこには、艦上雷撃機
TBFが2機飛び込んできました。

 井上氏はすかさず報告しましたが、
豊村曹長から、「距離が遠いから
心配することはない。」と言われました。

 井上氏も、豊村曹長と同様の意見
でしたが、この楽観は裏切られることに
なりました。

 敵機は、10kmの距離を離して、矢矧の
前程に進んできました。この時、鈍い爆発音が
しました。

 井上氏は双眼鏡から目を離して、爆発音の方に
顔を向けると、駆逐艦浜風が、真紅の大火柱に
奔騰されていました。

 浜風は急速に傾き始めました。見張所の
押し殺した悲鳴の中、駆逐艦のマストが、
横倒しになり水面につかりました。

 浜風の沈下の勢いは激しく、みるまに
水面にその姿を没しました。蒸気のような
水しぶきがしばし立ち続けました。

 浜風を見ていた井上氏の耳に、「雷撃機、
魚雷発射」という報告が飛び込んできました。
敵の雷撃機は、いつの間にか1.5kmまで
近づいていました。

 カンガルーの袋のように腹に収められていた
魚雷が、なくなっていました。もう一機も、
魚雷を投下しました。

 水しぶきを上げて、魚雷が海面に突き刺さり
ました。曹長は、「艦橋へ報告。急げ。」と
絶叫しました。異様にすさまじい指示ぶり
でした。


紹介書籍:重巡「最上」出撃せよ
著者: 「矢矧」井上芳太、「那智」萱嶋浩一、「熊野」左近允尚敏、最上:曾禰章、「五十鈴、摩耶」井上団平
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