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巡洋艦大淀 銃が作動せず [巡洋艦大淀]

 発砲が命じられ、皆景気よく空砲を撃って いました。しかし、小淵氏の銃は、3発目以降 作動せず、仕方なく、撃たずに前進しました。  辻堂は、砂原なので、銃が砂をかぶらない ように注意するようにと言われ、砂が付着しない ように、油気を拭き取り過ぎたことが、動作 しなかった原因かもと考えました。  そのうち、突撃の号令がかかり、敵陣に 突っ込んで演習は終了となりました。その後、 分隊ごとに分かれ、次の演習や宿泊についての 注意などが伝達され、各教班ごとに宿舎に 向かいました。  宿舎に着くと、教班長は、縁側で作動 しなかった小淵氏の銃を分解し始めました。 しかし、なかなか分解できず、やっとのことで 安全装置が外れかけた時、ズドーンと発砲し、 銃は元通り作動するようになりました。  「お前の手入れが悪いからだ。」と教班長に 叱られましたが、どうして動かなくなったのかは、 教班長も解りませんでした。このように、伊式 小銃は、粗製濫造の銃で、まったくもって 扱いにくい銃でした。  間もなく夕食になり、海兵団から運んで あった食器に夕食が盛られましたが、畳に 座っての食事なので、いつもと勝手が 違いました。夕食後は休養で、就寝まで 自由でした。  しばらくぶりに娑婆の空気にふれたので、 だいぶ上気していましたが、この宿の人達は、 まるで顔を見せませんでした。就寝となり、 久しぶりのやわらかい布団の感触が、ふと 故郷への思いを誘いました。  翌日の演習は、二手に分かれての遭遇戦 でした。 紹介書籍:“巡洋艦「大淀」16歳の海戦 少年水兵の太平洋戦争” 著者: 小淵 守男
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巡洋艦大淀 実弾射撃 [巡洋艦大淀]

 実弾射撃訓練が行われました。大楠山の射座に 行って、「伊式小銃」での実射をしましたが、この 小銃は性能の悪い銃で、照準通りに弾丸が 飛びませんでした。どれも癖のある不出来な 小銃でした。  「引き金は、心で引くな手で引くな、秋の 木の葉のごとく。」とは、教班長たちからくどく 言われたことでしたが、そのようにやっても 標的の真ん中に当たるようなことはめったに ありませんでした。  銃の癖を覚えた頃には、実弾射撃は 終わってしまいました。  海兵団教育中、陸戦教練の総仕上げと 言われる、辻堂演習が行われたのは、5月の 末でした。この演習での楽しみは、民家に 宿泊できることでした。  早朝、海兵団を出発した練習兵は、38式 小銃よりだいぶ重い伊式小銃をかつぎ、 陸戦隊の装備で辻堂に向かいました。  日曜日の外出ごとにやってくる秋谷から 長者ヶ崎を過ぎ、葉山を通っていくと、 やがて江ノ島が見えだしました。  この辺は、外出区域外なので、鎌倉行軍の時、 一度来ただけでした。初夏の江ノ島周辺の眺めは、 素晴らしいものでした。  遠くの富士山くっきりと聳え、相模湾は波一つ ありませんでした。砂浜で、地曳網を引いている 人の姿が、南画のようにのんびりと見えていました。  途中で大休止があり、昼食をとりました。この辺りは、 ずっと砂原になっていて、松林が点在しており、 吹き渡る風が心地よく吹いていました。  辻堂の演習場に着くと、横隊に散開し、敵陣の 攻略が開始されました。砂原を駆けては伏せて、 仮想の敵陣に近接すると、発砲が命じられ ました。 紹介書籍:“巡洋艦「大淀」16歳の海戦 少年水兵の太平洋戦争” 著者: 小淵 守男
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